「かならず、還る」⑮ [ヤマト2199外伝]
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52番目の男
妻は娘にどんな名前をつけたのだろうか。
はやる気持ちを抑えきれずに、薄暗い通信室で彼はモニター画面を見つめていた。
抜錨当日の朝に娘が生まれた。
二人であれこれ考えた命名は妻に委ねて、
彼はヤマトに乗艦した。
娘を抱いてリビングのソファに座っている妻の姿が映し出された。
まだ、こちらには気づいてないようだ。
小さな声で彼は妻の名前を呼んだ。
「あなた・・? あなたなのね?!」
弾かれたように顔を上げた妻が、娘を抱いたままモニターに駆け寄ってきた。
「よかった・・・無事なのね。元気なのね。ほんとうに・・・」
一気に溢れ出た涙で彼女の言葉の語尾は消え入るように掠れてしまった。
「当たり前じゃないか。それに家族と5分の交信が許可されたことは
ヤマト計画本部から連絡が入っていただろう?」
あまりの妻の取り乱し方に彼が少し戸惑っていると、
彼女は意外な言葉を口にした。
「本部からの連絡なんて・・、怖くて見られなかった・・・」
その言葉は嗚咽から絞り出されるようにこぼれ落ちた。
そして少しずつ、途切れ途切れに妻が話し始めた。
先の「メ弐号作戦」で5人が戦死した。
その悲報はヤマト計画本部を通じてそれぞれの家族へと伝えられた。
それ以来、地球に残された乗組員の家族たちすべてが、
ヤマト計画本部からの連絡に怯えている。
もしかしたら、次は自分の元へ戦死報告が届くのではないか。
かけがえのない息子が、娘が、彼が、彼女が死んでしまったのではないか。
還りを待つ誰もが日々そんな不安に心を擦り減らしていた。
メールの差出人に
「ヤマト計画本部」の文字を見つけた瞬間、胸がこくんと鳴った。
そんなはずはない。そんなことは絶対ない。
何度も、何度も彼女は自身に言い聞かせた。
それでも指が、手が、体が動かない。
彼女はさんざん逡巡した末に、
そのメールを開けることはとうとう出来なかった。
それを聞いて彼は胸がつまった。
戦っているのは自分たちだけではないのだ。
妻が娘の姿をモニター画面いっぱいに映してくれた。
その寝顔を見つめながら、彼はゆっくり、静かに妻に話しかけた。
「君が娘につけてくれた名前を、俺のお守りにさせてくれないか。」
夫の真意を測りかねている妻に、彼は肩を抱くようにやさしく言葉をつづけた。
「俺はかならず還ってくる。もう一度かならずこの手で娘を抱くんだ。
そしてその時にはじめて、君から娘の名前を俺に告げてほしい。
その日を信じることで、これから先にどんなことがあっても俺は頑張れる。
そんな俺が死ぬわけないだろ?
だからその日を、きっと、君と、娘の笑顔でこの俺を・・・。
約束だ。かならず・・・」
もうそれから先は言葉にならなかった。
その時、彼女の腕の中で娘が小さくむずがった。
彼はそっと娘の頬をモニター越しに撫でてみた。
娘は眠ったまま、くすぐったそうに少し笑ったように彼には見えた。
【妄想コメント】
実はこの話がいちばん書きたかったエピソードです。74年版でも徳川さんの前の若者が泣きながら通信室を出てくるシーンがあります。2199版では笑顔で希望を語る若者に変更されているのですが、よく見ると通信室から出てきた時の表情はどこか憂いがあります。そのあとの台詞と笑顔もなんだかぎこちないです。本編を観てそれがずっと気になってました。そこで2199版の若者も本当は74年版同様に切ない気持ちを取り繕っているんじゃないかと妄想しました。このエピソードの中で、島の母親がなぜ叔母の見舞いに出かけてしまっていたのかもさりげなく理由づけしたつもりです。
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